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20.サービスの歴史の巻

 今やプロの最速サービスは男女ともに時速200キロを超えるようになりました。しかしもともとサービスは、ゲームを始めるための“球出し”にすぎなかったようです。今回はサービスの歴史を紐解きます

●サービスはゲーム開始のトスだった?
 中世に修道士が楽しんでいたテニスは、サーバーがボールをコートサイドの観客席をおおっているひさしに打ち上げることで、ゲームが始まりました。レシーバーは、ひさしの上をはねて地上に落ちたボールを打つのです。高いところに打ち上げるため、サービスは下から打つアンダーハンドサービスでした。この頃はサーバーよりもレシーバーが攻撃側だったのです。
 また、テニスに関する本を書いた中世のイタリア人、アントニオ・スカイノは、試合に参加していない第三者が、プレーヤーにボールを投げ与えることをサービスと定義しています。どうやら「サービス」はゲームを始めるための「トス」のような位置づけだったようです。

●ウインブルドンが高速サーブを生んだ
 アンダーハンドサービスの歴史はウインブルドン大会が始まる1877年まで続きました。それまでのテニスは社交を目的としていたからです。
 しかし賞金のかかったウインブルドン大会が開催され、プレーヤーは第1打目のサービスから相手を攻撃したいと考えるようになりました。第1回大会ではまだアンダーハンドでボールにスピンをかけ、バウンドに変化をつける程度でしたが、第2回大会ではオーバーヘッドのサービスが登場します。ただし、威力のあるフラットサービスではなく、回転をかけたスピンサービスでした。フラットサービスを武器にしたレンショウ兄弟が活躍するのは第5回大会からです。
 フラットサービスの誕生には、ネットの高さの推移も一役買っています。現在のネットの高さは中央が91.4cm、両サイドが107cmです。ところがウインブルドンが始まる3年前には、その高さは中央が142cm、両サイドが152cmでした。ウインブルドン大会が始まると、中央は99cmにまでさがりましたが、両サイドはまだ140cm以上ありました。現在と同じネットの高さになったのは1883年のことです。

●昔はベースラインを踏むのがルールだった
 現在、サービスを行うときにベースラインを踏んだり、超えたりすれば“フットフォルト”をとられますが、ウインブルドンの第1回大会のルールでは、サービスはベースラインを跨いで行わなければなりませんでした。これは「マリルボーンクラブ」というイギリスの名門スポーツクラブが1875年に提案したもので、その後多くのクラブがこのルールを採用するようになったのです。
 その10年後には、サービスはベースラインを踏んで行うというルールが採用され、さらに片方の足が地面から離れることも認められるようになりました。現在のように完全にコートの外でサービスをしなければならなくなったのは、1902年のことです。1960年には両足を地面から離すことも認められ、ジャンピングサーブが可能になりました。こうしてスピードボールが打てるラケットの登場や技術の向上とともに、“スピードテニス”の時代に向けて、ルールも変わってきたのです。

 

ミニ豆知識
レシーバーはどこに立ってもいい?
 ダブルスでサーバーとそのパートナーが同じサイドに立つオーストラリアンフォーメーションを戦略として用いるペアをときどき見かけますが、実はレシーブ側も、レシーバーのパートナーはレシーバーと同じサイドに立ってもいいのです。ルールでは、サーバーのパートナーも、レシーバーのパートナーも自分側にいる限り、レシーバーの視線を妨げる位置に立つことを制限していません。



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