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今年ツアーから引退したステフィ・グラフが、グランドスラム4大会の優勝に加え、オリンピックでも金メダルを獲得してゴールデンスラムを達成したのは、1988年のソウル五輪の年でした。来年はシドニー五輪。今回はオリンピックに関連したテニスの話題をお届けします
●第1回の優勝者はテニスプレー ヤーではなかった
フランスのクーベルタン男爵の提唱でスタートした近代オリンピックが初めて開催されたのは1896年。テニスはその第1回大会で行われた8競技のひとつです。栄えある優勝に輝いたのは、イギリス人のボランド。ただし彼がオックスフォード大学の学生時代、専門だったのはクリケットでした。ボランドは、ドイツ人のトラウンと組んだダブルスでも優勝し、第1回オリンピックで2冠を制しました。国籍が異なる二人がダブルスを組めたのも、当初オリンピックは個人で申し込むことができたからです。
オリンピックに女子の出場が認められたのは、パリで開催された第2回大会から。テニスではイギリス人のシャーロット・クーパーが、女子で初めて金メダルを獲得しました。彼女はそれまでにウインブルドンで3回の優勝実績がありました。
●テニスは日本が初めてメダルを獲得した競技
日本のテニス選手がオリンピックに出場したのは1920年のアントワープ大会が最初で、日本にとっては2回目のオリンピックでした。この大会で熊谷一弥がシングルスで準優勝し銀メダルを獲得。これが日本にとって初めてのメダルでした。熊谷は柏尾誠一郎と組んだダブルスでも準優勝し、この年、二つの銀メダルを日本に持ち帰りました。当時の日本人選手は軟式テニス出身でしたが、サーブ&ボレーのプレースタイルの欧米選手たちは、軟式テニス特有のドライブボールに苦しんだようです。
その後、多くの名選手がプロに転向していくのに伴い、テニスは1924年を最後にオリンピック競技から姿を消します。しかし1988年にようやく正式種目として復活し、プロの参加も認められるようになりました。
●出場選手はウインブルドン終了後に決定
オリンピックのドローサイズは男女ともシングルス64ドロー、ダブルス32ドロー。シングルスに出場できる64選手のうち、48人は2000年のウインブルドン終了後のランキング順で選ばれます。ただし、1ヶ国からシングルスに出場できる選手は3人まで。つまり10位台にいても、同じ国の選手がすでに3人以上いれば出場できず、逆に60位台でも自国のNo.1プレーヤーであれば出場できる可能性があるということです。48人の出場選手が決まると、次の14選手はITF(国際テニス連盟)が、まだ出場選手のいない国を考慮して選びます。最後の2名はオリンピック組織委員会が選出します。なお、ダブルスに出場できるのは、各国1ペアのみとなっています。
現在シドニーオリンピック公園の中には、10,000席の観客席を持つセンターコートをはじめ10面の試合用コートと6面の練習用コートが建設されています。サーフェスは全豪オープンで使われているものと同じ素材を使ったハードコート。全米オープン直後のシドニーでどんな戦いが展開されるのか、今から楽しみです。
●ソウル大会以後の優勝者
| 大会名 |
ソウル |
バルセロナ |
アトランタ |
| 男子 |
メチージェ |
ロセ |
アガシ |
| 女子 |
グラフ |
カプリアティ |
ダベンポート |
| ミニ豆知識 |
| 今年から男子決勝以外は3セットマッチ |
| 前回までのオリンピックの競技方法では、男子がベストオブ5セットマッチ、女子がベストオブ3セットマッチ、最終セットはタイブレークを適応せず、どちらかが2ゲーム先行するまでとなっていました。今年から、男子もシングルス・ダブルスの決勝以外は、ベストオブ3セットマッチとなるので、ゲームの進行は早くなりそうです。 |
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