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4.WIMBLEDONの巻

 初夏は“ウインブルドン(The Lawn Tennis Championships)”の季節です。グランドスラムトーナメントのひとつ、ウインブルドンの歴史を旅しましょう。

第1回大会は、明治10年
 グランドスラムトーナメントの中でもいちばん古い歴史を持っている大会が、ロンドン郊外のオール・イングランド・ローン・テニス・アンド・クローケ・クラブで開催されるウインブルドン。第1回大会が開催されたのは、今から121年前の明治10年、日本では西南の役があった年でした。
 その時の種目は男子シングルスのみ。22人の選手が出場し、初代チャンピオンとなったのは、クローケ(芝生の上でする球技)の愛好家で、テニスを単調なスポーツでつまらないと言っていたスペンサー・ゴアでした。これは、皮肉な結果と言えるかもしれません。
 その7年後にスタートした女子の種目も含め、1921年までは現在の形態とは異なり、予選を勝ち抜いた選手一人が前年度チャンピオンに挑戦するという“チャレンジラウンド制”で行われていました。

テニスファッション誕生の地
 ウインブルドンといえば、すぐ目にうかぶのが緑の芝生に映える真っ白なウエアです。
 ファッションのさきがけとなったのは、第1回の女子シングルスで優勝したモード・ワトソンが白のウエアで登場したこと。当時の女性はカラフルなドレスでテニスをしていたので、彼女の存在は注目の的となりました。
「白いウエアを着用」することは、現在ウインブルドンで適用されているルールのひとつです。このルールは、大会を主催し、かつ会場となっているプライベートクラブの規定によるもので、出場選手に「練習時も含めてテニスウエアとシューズは白を基調とする」と義務づけています。現在一般的になったアンダースコートも、初のお目見えはこのウインブルドンでした。1949年に女子ダブルスで準優勝したアメリカのゲルトルード・モーランが、フリルつきの下着をのぞかせながら膝丈ぐらいのスカートでプレーしたことが始まりです。

ウインブルドンで活躍した日本人
 日本人で最初にウインブルドンのタイトルを手にしたのは、1934年にミックスダブルスでイギリスのドロシー・ラウンドと組んだ三木龍喜。
 1975年には、沢松(現・吉田)和子がアメリカのアン清村とのペアで、女子ダブルスのタイトルを手にしました。(ご参考までに、翌1976年には、クリス・エバートとマルチナ・ナブラチロワのペアが優勝。この二人は、その後10年以上にわたり、シングルスNo.1の座を分けあいました)。ところで、沢松和子がウインブルドンのシングルスでもタイトルを持っているのはご存じでしょうか? 実は沢松は1969年、ジュニアの部で優勝しているのです。
 最近では1995年の松岡修造のベスト8、1996年の伊達公子のベスト4の記録が光っています。


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