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42.知っていますか? USオープンの巻


 今年最後のグランドスラム、USオープンが開催中です。今回は、USオープンの歴史をのぞいてみました。

●グラス、クレー、ハード ―これまで3つのサーフェスで開催
 今年で120回を迎えるUSオープンですが、記念すべき第1回大会は1881年にロードアイランド州ニューポートで開催された全米男子選手権です。出場資格も、全米ローンテニス協会に登録しているクラブのメンバーのみに限られていました。一方全米女子選手権が始まったのは、1887年。ただしこの年の種目はシングルスのみで、開催地も男子と異なる、ペンシルベニア州フィラデルフィアでした。女子ダブルスが加わるのは1889年からです。そして1892年から公式種目となったミックスダブルスも含めて、全種目が同じ会場で開催されるようになったのは1968年から。新しく会場になったのはニューヨーク州フォレストヒルズのウエストサイドテニスクラブでした。
  実は当初、この会場のコートサーフェスはグラスでした。そのため、雨で月曜日に順延となった1976年の男子決勝では、オーストラリアのロッド・レーバーが濡れたコートで滑らないよう、テニスシューズをスパイクに履き替えて優勝したというエピソードも残っています。その後フォレストヒルズのコートは、1975年にクレーコートに変わりました。
  現在のUSオープンの会場であるナショナルテニスセンターはハードコートですから、これまでUSオープンは3種類のサーフェスで行われたことになります。そしてその3種類のサーフェスでUSオープンのタイトルを持つ唯一のプレーヤーが、ジミー・コナーズです。

●優勝したアッシュが受け取ったのは280ドル

 会場がウエストサイドテニスクラブに変わった1968年はUSオープンに初めて賞金がついた年でもあります。賞金総額は10万ドル。当時のテニストーナメントでは最高の賞金額でした。この賞金は、男女シングルスおよびダブルスを戦った、男子選手96名、女子選手63名に配分されました。なお、今年の賞金総額は1,450万ドルと145倍。配分する選手の数も予選も含めて600名以上となっています。
  ところで初めて賞金がついた1968年の大会で、男子シングルスに優勝したのは、今やナショナルテニスセンターのスタジアムにも名前が残るアーサー・アッシュ。男子の優勝金額は14,000ドルでしたが、当時アッシュはアメリカ陸軍に所属していたアマチュア選手。そのため、14日分の食費総額280ドルを経費として受け取っただけでした。一方女子シングルスでは、ヴァージニア・ウエードが決勝でビリー・ジーン・キングを破り、6,000ドルの小切手を手にしました。
  現在の男女シングルスの優勝賞金はともに85万ドル。男女間の賞金格差を撤廃したのはUSオープンが最初で、1973年のことでした。

●アメリカ人が優勝して当たり前?
 ところでアメリカ人にとって、USオープンは世界のトッププレーヤーが戦うトーナメントであるだけでなく、みんなで楽しむ国民的なお祭りです。主催・運営のUSTA(アメリカテニス協会)も、この機会を利用して国内のテニス人気を盛り上げようと、USTA会員向けにさまざまなサービスを企画、またコート上でも、今年は予選開催中の土曜日に「子どもの日」を設け、5,000人の子どもたちを招待し、男子シングルス第18シード、19歳のアメリカのスタープレーヤー、アンディ・ロディックと直接会える機会を提供しました。
  もちろん、全米あげてのアメリカ人選手への応援は大変なもの。その甲斐あってか、これまでの男子シングルスでは83のタイトルを、女子シングルスでは87のタイトルを、それぞれ35名、36名のアメリカ人選手が獲得しています。
  またグランドスラムにタイブレーク(1970年)やナイター(1975年)を初めて採用したUSオープンは、今年はついに女子シングルスの決勝を、夜8時というテレビのゴールデンアワーにスタートすることを決定。この試合の前には、ダイアナ・ロスが"ゴッズ・ブレス・アメリカ"を歌います。さらに女子シングルスチャンピオンが決定した後は、マッケンローとベッカーのエキシビションマッチも用意されています。まだまだしばらくはUSオープンにくぎづけになりそうです。



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